肩こり、首コリ60年

日々の出来事や感じたことを書いていきたいと思います。

デモで揺れるアメリカ

こんにちは、笹井 宏です。

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アメリカの歴史


乗客102名、乗組員25から30名を乗せたメイフラワー号が、1620年9月16日イギリスのプリマスを出港し、アメリカに到着したのは、同年の11月21日でした。

 

1、 労働力の輸入
2、 追い詰められる原住民
3、 公民権法の施行、法の上での平等
4、 キング牧師の暗殺
5、 デモで揺れるアメリ

 

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1、 労働力の輸入

 

以来、どんどん領土を広げていきました。


白人は広大な土地を所有しましたが、当然家族で耕せる限度を超えていました。


そこで、アフリカから人を輸入し、こき使いました。


初代大統領ジョージ・ワシントン一家もその一つで、バージニア州で黒人奴隷プランテーションを経営していました。

 

2、追い詰められる原住民

 

アメリカの歴史は、戦いの歴史です。


奴隷制度で得た潤沢な資金と強力な近代兵器で武装した白人は、原住民を追い払いながら、西へ西へと領土を拡大していきました。


カルフォルニアで金鉱が発見されてからは、西へ移住する人たちに拍車がかかりました。

 

 

 

 



東部の豊かな土地を所有していたインディアン部族の多くが、何のゆかりもない数千km離れた西部の土地へ強制移住させられた。

 

(→涙の旅路)この強制移住は、数百数千に上る部族民の途上死を招いた。

 

また、この部族収容は、スー族とポンカ族や、モードック族とクラマス族など、対立していた部族同士に同じ保留地をあてがう無神経なものであったため、部族間で抗争を引き起こす元となり、またこれは保留地を没収し縮小する口実とされた。

                      (引用、ウィキペディア


米国連邦政府の先住民政策は代々一貫しており、先住民の生活空間を奪い白人移住者に土地を供給してきた。

 

そして先住民の生活圏を確保するという名目で居留地を設定した。

 

しかし居留地内でも金鉱が発見されたり、白人農民の要求があれば容赦なく土地を収用してきた。


 その結果先住民は指定された荒れ地の居留地に押し込められ白人社会から分断された。

 

先住民の生活水準向上や義務教育普及という政策を連邦政府が検討開始したのは1950年代以降である。

 

つまり南北戦争後に徐々に市民権を確立していった黒人よりも先住民の社会的地位はずっと低いままであった。

         (wedge infinity https://wedge.ismedia.jp/より引用)

 

 

3、公民権法の施行、法の上での平等

 

南北戦争により、奴隷は解放されました。


けれども、奴隷解放と時を同じくして黒人差別が終わった訳ではありません。



リンドン・B・ジョンソン政権下の1964年7月2日に公民権法(Civil Rights Act)が制定された。

 

これにより、建国以来200年近くの間アメリカで施行されてきた法の上における人種差別が終わりを告げることになった。     (引用 ウィキペディア

 

4、キング牧師の暗殺

 

南北戦争が終わったのは1865年ですが、黒人と白人平等を訴えたキング牧師が暗殺されたのは、1968年4月4日のことでした。

 

奴隷制度こそ廃止され、法的には平等となったものの、人種差別は歴然として存在したのです。 


キング牧師はその要因を自身の演説の中で以下のように分析し、「すべての罪が黒人に帰せられるべきではない」と結論付けた。

1. 公民権法成立は黒人から見ると解放運動の最初のステップでしかなかったが、白人社会は「これで問題は片付いた」とゴールだと位置づけた。


2. 深く根付いた差別意識は依然として教育や雇用の場に蔓延しており、黒人は階段の入り口には立てても頂点には上っていけない。


3. 差別意識により雇用の機会を奪われた黒人の失業問題は、白人に比べ深刻である。


4. ベトナム戦争により黒人は多数徴兵され、その多くは最前線で戦わせられている。

彼らは母国で民主主義の恩恵を受けていないのに、民主主義を守るために戦争に狩り出されている。


5. 大都市ではスラム街に黒人が押し込められ、戦争のためにそのインフラ整備等の環境問題はないがしろにされている。 

                      (引用 ウィキペディア

 

5、デモで揺れるアメリ

 

この度米ミネソタ州ミネアポリスで、白人警官が黒人男性のジョージ・フロイドさんを死亡させたことがきっかけで、全米が揺れています。


けれども、白人警官、あるいは白人が黒人を死亡させたのはこの事件ばかりではありません。

 


ジョージア州ブランズウィックで今年2月、ジョギングをしていた黒人男性が白人の親子に射殺される事件があり、殺人罪で起訴された被告の1人がアーベリーさんを撃った後に人種差別的な発言をしていたとされることが4日、明らかになった。

https://www.bbc.com/japanese/52931287 BBC NEWS JAPANより引用)

 

1991年3月、ロサンゼルス市警察の白人警官たちがスピード違反(いはん)容疑をかけた黒人男性(当時25歳(さい))を集団で激しく暴行する様子が偶然(ぐうぜん)撮影(さつえい)されていた。

 

翌92年4月に警察官に無罪評決が出ると、ロサンゼルスなどで暴動が発生。略奪(りゃくだつ)行為(こうい)に発展し、50人以上の死者を出し、連邦軍(れんぽうぐん)も出動した。


 また、2014年にも中西部ミズーリ州で、白人警官が歩行中の黒人少年(18歳)を射殺する事件が起き、大規模な抗議(こうぎ)運動に発展。

 

非常事態令が発令されて、200人以上が逮捕(たいほ)される騒動(そうどう)となった。

(引用 毎日新聞  https://mainichi.jp/articles/20200606/dbg/048/040/009000c


など、枚挙にいとまがありません。

 

アメリカ原住民のことをNative Americanと呼び、黒人のことをNative Africanと呼べと言います。


アメリカでは現在、肌の色を刺す言葉さえ禁止されている筈です。


しかし、白人至上主義KKKが厳然と存在するように、人々の心の中には、差別は棲んでいるのです。


上部をつくろっても、時々このような形で顔を出すのです。


(※ 差別意識は、全アメリカ白人に共通する意識ではありません。また、アメリカを誹謗したり貶めるために書いたものではありません。)